恋愛至上主義の女

暇を持て余した女子大生が好奇心で潜り込んだ世界の備忘録。

噛み合った歯車と動きだした時間。

 

 

 

 

大学3年冬

私は彼と再会した。

 

 

年に1,2度定期的に会っていたマネージャーの先輩が

最後に会った日から5年経っても

ずっと彼の話をする私を見兼ねて

連絡してみよう、と言ってくれた。

部活の顧問の家に遊びに行った帰りだった。

 

 

 

先輩が電話をかける隣で

私は心臓が壊れそうなほどドキドキしていた。

スマホから漏れる音を必死に拾った。

 

 

「懐かしい!今度飲みに行きましょうよ!」

 

あの頃と変わらない声で彼が発した言葉に

フリーズした。

 

 

 

偶然、なんて運命的な再会ではなかったけれど

周りによって再び繋がれた縁。

 

これが私の人生を狂わせることになるなんて

先輩も私も彼も、誰も思わなかった。

 

 

 

 

 

 

3日後

私はあの頃みんなと過ごした街を訪れた。

 

 

なかなか最悪な別れ方をした私たち。

『どうせ2度と会うこともないだろ』

私の記憶にある彼が私に放った最後の言葉。

その後の先輩達の引退試合では殆ど口を聞いてくれなかった。

 

出会ってから別れるまでの

ちょうど1年間を思い出しながら

緊張で吐きそうな胃と共に電車に揺られていた。

 

 

 

 

 

 

改札を出て階段を登ると、先輩と彼がいた。

 

『うわー、すげえ久しぶりじゃん!

てかお前全然変わんないな!』

 

対する私はというと、

まともに返事すらできない。

言葉が、声が、出てこなかった。

 

『あれ?なんか暗くない?

お前そんな静かだったっけ?』

 

 

拍子抜けした。

 

な ん で こ ん な に 普 通 な の ???

 

 

虐められた方は一生覚えてるけど

虐めた方は全く覚えてない。とは本当で

どうやら私に吐いた数々の暴言は記憶にないらしい。

 

 

彼に嫌われていると思っていた私は

店に入って席に着いてからも緊張は解けない。

先輩にも伝染してるのがわかっていたけど

どうすることもできなかった。

 

 

 

とにかくアルコールを入れて、

1時間くらい談笑したところで

私も少し調子を取り戻してきた。

 

『やっと普通になったじゃん。

なに?緊張してたの??』

くしゃっと笑いながらそう言う彼は

あの頃の何倍もかっこよくなっていた。

 

 

 

 

 

2軒目は彼のお気に入りのBritish pub

いい感じにアルコールが回った私はすっかり饒舌になり

あの頃が嘘だったかのように彼と意気投合した。

 

《お互い30歳まで独身だったら結婚しよう》

なんてお決まりの会話も交わすくらいに。

 

 

 

 

車で彼氏が迎えにきてくれる先輩と別れ

彼と2人改札をくぐった。

高校生の時、電車通学ではなかった私には

そんな行為すら新鮮だった。

 

『春休み遊ぼうよ!俺も友達いなくて暇だし!

下宿先にもおいで?俺もそっち行きたい!』

『また連絡するわ!』

 

と言いながら、彼は私の方面のホームへと続くエスカレーターの前まで送ってくれた。

 

別れ際、左側にいた彼が腕を回してポンポンと

2度叩いた右肩から全身にゆっくりと熱が回る。

 

 

これは夢なのではないか?

地に足がついていないふわふわした感覚に包まれた。

 

 

 

 

その後電車で激しいめまいに襲われ

うずくまってしまってから

自分が飲み過ぎていることに気づいた。

 

 

 

 

 

家に着くよりも早く彼からLINEがきていた。

 

5年間、ずっと残っていた連絡先。

まだガラケーだった高校1年の時

クラスで1番早くスマホに切り替えた彼が

LINEを使いたいからという理由でせかされ

iPod touchにアプリをインストールし登録した時から

変わらず、ずっと並んでいた彼の名前。

何度も友だちを整理したのに非表示もブロックもできず残してきた。

 

そんな彼のアカウントから連絡が来た。

 

 

嬉しくて、くすぐったくて、顔の筋肉が緩む。

すぐに自分の空いてる日を送った。

  

この時はまだ、

私の転校によって空いた穴が埋まる気がして

同級生として、元マネージャーとして、

元部員として、仲良くできることが単純に嬉しかった。

 

 

 

 

 

当時、私は元彼と関係が続いていた。

私に振られてから女医と付き合った元彼。

私と再会して、復縁を迫ってきた。

けれど、女医と別れるのは国家試験が終わって落ち着くまで待って欲しいと言われていた。 

気心が知れていて楽だったし、何より医師になる人と結婚すれば働かなくても生活していけるだろう。

彼には私しかいないし、私にも彼しかいない、

だからこうして何度も惹かれ合ってしまうのだと思っていた。

本当は惰性と情と妥協でしかない関係を愛情と勘違いして。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

それから彼とは3月に2日間の遊ぶ約束をふたつした。

また近くなったら連絡する。と彼が言うので従った。 

 

 

 

 

3月中旬。

彼の通う大学のある街に遊びに行くことになった。

 

いつもより丁寧に化粧をして、

前の日に悩みに悩んで選んだ洋服を着て

お泊まりセットをもって家を出た。

最寄り駅に着くと彼からLINEがきていた。

 

『ごめん、やっぱり間に合いそうにないから、地元集合にして?』

 

さすが、我らがキング、マイペース暴君。

 

 

前日部活の追いコンだった彼は

二日酔いでなかなか動けなく

実家に車を取りに行くのが遅くなったようだった。

 

『○○駅まできて。(彼の実家の最寄り)

そこで拾うから車で一緒にいこ?』

 

 

そうだった、こういう人だった。

マイペースで自分勝手。

 

でもそれすらも懐かしくて笑みが零れた。

 

私には昔からいつも選択肢も拒否権もない。

「しかたないなぁ。」

と返信し電車に乗り込んだ。

 

 

 

はじめて降りる彼の実家の最寄り駅。

 

私も同じ市内に住んでいたけれど

親が転勤族の私は

栄えてる中心部のマンションに住んでいたのに対し

昔からこの町に住む家庭の彼は

少し外れたところに住んでいた。

 

『改札出て右にちょっと歩いて。』

 

と言う指示が彼から来ていた。

 

 

いやまずどの改札?

電車降りて右なの?左なの?

 

 

彼と二人きりで会う緊張も相まって軽くパニックの私。

もたもたしながらも前から3台目、運転席に彼の姿を見つけた。

恐る恐る助手席のドアを開けると、

『おせーよ』

「いや、迷って、、。」

『こんな小さい駅のどこを迷うんだよ』

『後ろに荷物置きなよ』 

 

 

促されるまま荷物を置き助手席に座った。

 

 

車は動きだし、しばらくして当たり前に高速道路に入り

当たり前にETCで通過した。

 

 

『これ飲む?』

そう言って渡されたのはスタバのチルドカップのカフェオレ。

お礼を言って受け取った私の心は揺れていた。

彼が私に普通に優しいことに加え、

今まで誰にもこんな扱いをしてもらったことはなかったから。

些細な事だけど、こういう気遣いの出来るところがモテるんだろうなと思った。

 

 

「なんか運転してるの不思議な感じだね。」

と言った私に

『そりゃ、運転くらいするだろ。』

と彼は笑ったけれど、やっぱり不思議な感じがした。

私の中の彼はまだ16歳の頃まま止まっていた。

 

 

車内では、高校生の頃を振り返った。

はじめて中学の頃の部活の話も聞けた。

転校してからの部活の話は、その姿を見られなかったこと、

その瞬間をベンチで一緒にむかえられなかったことは切なかったけれど

納得のいく成績を残せたことを知り、心から嬉しかった。

 

 

みんなでいるときとは違う穏やかなペースの会話。

いつもと違う姿は緊張を加速させた。

 

 

 

そんなドライブもおわり、彼の住むマンションに着いた。

 

無言で歩き進む彼についていく。

緊張はピークに達していた。

 

 

 

そもそも私は高校生の頃から彼の私生活を全く知らない。

知っているのは、家族構成とほんの少しの家庭事情。

毎日どんな物を食べているかさえも

高校生の頃、教室や試合の休憩中に見たお弁当くらいで

それだってほとんど記憶になかった。

 

 

唯一よく知っているのは、潔癖症なところ。

男同士の飲み回しは絶対にNGだったし、

部活全体での食事会の焼肉も難しい顔をしていた。

 

他人が作ったものも食べられないので、家庭科の調理実習でも絶対に口にしなかった。

だから、私が趣味で作ったお菓子を他の部員達にだけあげた時、何で俺の分はないんだと言ってきたことは可愛かったのでよく覚えている。

 

とにかく彼の潔癖にはマネージャーとして嫌と言うほど振り回された。

 

 

彼の生活空間に足を踏み入れてよいのか?

と今回の約束が決まった時から不安だった。

凄くめんどくさいルールがあったらどうしよう、、と。

 

 

恐る恐る彼の後ろについて部屋に入った。

 

 

学生の一人暮らしにしては広い部屋、

一般的な学生の下宿の優に2倍は超えるであろうワンルーム

無駄なものがなく、若干生活感に欠ける部屋。

心の中で、さすがボンボン息子。。と思いながら

「広いね、、、」というと

『まあ、学生用じゃなくて単身赴任の社会人向けだからね』

「大規模飲み会出来るじゃん、、」

『人に入られるの絶対嫌だから飲み会は人の家でする。から誰も来たことないよ(笑)』

「でた、潔癖、、。私入って大丈夫なの?追い出されない?」

『お前はいいの。とりあえず男は無理。』

 

あー、女の子は連れ込んでるのか、とか

問答無用で友達の家あけさせるんだろうな、とか

思ったことは言わなかったけれども、

なにも変わってないなと半分呆れ半分嬉しかった。

 

 

仲良くこたつにはいって夜ご飯の相談をした。

近所の居酒屋に行くという結論に至り、二人で歩いた。

行ってみると定休日で閉まっていて

『マジかよーーー。』という彼に

「13センチヒールで歩いたんですけどーー」

と言い、二人で笑い転げながら戻った。

 

仕方ないので車に乗り目指したのはご当地グルメの有名店。

カーナビで検索し指示されるがまま走る、

20分ほど走ってから彼が一言。

『なんか違う気がする、、』

Google先生にきくと、ナビが目指しているのは全く違う場所だった。

本日2回目の『マジかよーー。』

笑いながら正しい場所へ向かった。

 

なかなかご飯にはありつけないけど、私は楽しかった。

こんな風にうまくいかなくても、機嫌悪くなることなく

笑いながら、穏やかな時間を過ごせるなんて、

今まで生きてきてありえなかった。

元彼も親もみんな些細なことで怒りやすかったし

関係が浅い男性の時は気まずくなりがちだったから。

 

結局、たどり着いたお店も15組待ちで諦め、

来る途中で見つけた綺麗な外観の中華料理屋さんに入った。

 

 

 

出会ってからはじめて、彼と向き合ってちゃんと食事をした。

綺麗に食べるなぁ、なんて思いながらも

いざ向き合って座ると緊張して

食べたものの味はよくわからなかった。

 

 

 

お会計の時、『払っておいて』と私に財布を渡してトイレへ行く彼に心底戸惑った。

払っておいて、とは?

人の財布を勝手に開けろと?

これは試されているのだろうか?

 

正解がわからず立ち尽くしていると彼が出てきた。

『払ってくれた?』

「いや、、」

『なにやってんのもう、、』

とお会計をする彼の後ろで、未だ戸惑う私。

 

いや、払っといてってさ、何年も付き合ってるカップルならまだしも、私とあなたの関係でそれされても困るでしょ?!え?!

 

なんて言えるわけもなく。

もやもやとしているとお会計は終わっていた。

 

 

車に戻ってから

「半分払うよ」とお金を渡すと

『え?いや、いいよ。』と驚く彼。

「いや、でも払ってもらう理由ないし、、」となぜか譲らない私。

『じゃあ二千円だけ貰っとくね。』と彼が譲歩してくれた。

 

 

私は彼と対等でいたかったんだと思う。

友達として、同級生として、対等でいたかった。

男と女になるのが怖くて、人として対等でありたかったし

彼女がいる男に奢ってもらうのは好きじゃなかった。

私の中で譲れない線引きだった。

 

 

 

 

その後、ドラッグストアで切らしているというボディーソープを買い、GEOでDVDを借りた。

ふざけてアダルトビデオコーナーに入ったりしながら、2人で選んだDVDは4本。

2本は彼が大好きな赤西仁主演の有閑倶楽部

残りの2本はムカデ人間ムカデ人間2

 

 

『細かいの出すのめんどくさいから払って♡』

と意味のわからない甘え方をしてくる彼は

高校生の頃と変わらなくて不覚にも愛しく思ってしまった。

 

 

 

 

家に帰って、先にシャワーを浴びて

2人で仲良く借りてきたDVDを観た。

途中で彼の推しの赤西仁のLive DVDも観せられた。

本当に勘弁してほしい話だが、

この時オススメされた2曲を聴くとこの日のことを、彼のことを思い出してしまう。

 

 

赤西仁を観て2人で黄色い声を上げ

ムカデ人間を観ながら2人で震え上がった。

 

 

 

 

高校の部活のシャツを着る彼を見て

よくマッサージをさせられたのが懐かしくなって

あの頃と同じように肩を揉んであげたりもした。

 

 

 

私と彼の空いてしまった時間がゆっくりと埋まっていく、

当時よりも仲良くできている、

波長が重なって、止まっていた時間が再び動きだした、

そんな感覚に心が満たされた。

 

 

 

 

 

眠たくなって、一緒にベッドに入った。

 

 

普段、他人の隣ではあまり眠れない私。

彼の横ではさらにドキドキしてしまって寝られる気がしなかったのに、朝目覚めてビックリ、

彼の腕にがっちりしがみつきながら、熟睡。

安眠もいいところで、元彼の横で眠るより眠れた。

 

 

 

 

彼がよく寝る男であることはこの半月で知っていたので、どうせ起きないだろうと二度寝することにした。

 

 

2度目に目覚めた時は私は彼の腕の中にいた。

 

 

高校生の頃、何度も見た肉体美、

(ちょっとだけだもん、他意はないもん。)

と誰に対してなのかわからない言い訳をして抱きついた。

 

 

この身体が放つボールが好きだった。

この身体を視線だけで何度も追いかけた。

初めて美しいと思った男の子が

今、触れられる距離にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おはよ』

頭の上から声が降ってきた。

見上げるとそこには彼の顔。

「おはよう」

(寝起きでも綺麗な顔してるなぁ。

肌綺麗すぎる。まつげ長っ。)

 

なんて考えながら

彼の顔を眺めていると手が視界を塞いだ。

『あんまり見るとお金とるよ?』

「ふふふ、お金とるの?」

『うん、とるよ』

「えーやだぁ」

 

『寝れた?』

「うん!」

『だから見るなってば』

 

 

なんてやりとりを繰り返していると

 

突然フワッと彼の顔が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは一瞬の出来事で

考える時間も避ける時間も無かった。

ほんの一瞬だけ、でも確実に、重なった。

 

 

 

「え、なんで?」

『なんでだろうね?』

 

全身に熱がまわって、パニックで

彼の身体にしがみついて悶えることしかできない私。

彼はそんな私を抱きしめながらiPhoneを触っていた。

 

 

 

しばらく悶えた後、

ファーストキスでも処女でもないのに何をパニックになっているんだ、こんなのはよくあることだ、事故みたいなものだ。

と言い聞かせて落ち着いた私はベッドから抜け出した。

『ん?どうした?』

「メイクしようかなと思って。」

『見てていい?』

「え、いやだー」

『じゃぁ寝る』

そう言った彼は本当に寝た。

 

 

 

 

ゆっくり化粧をして着替えてから

彼に近づくと起きていたようで

『上手にできた?』

「どう?」

『いい感じ。』と優しい笑顔。

なかなか起き上がりそうにもないのでベッドに腰掛けると、

『おいで?』と掛け布団をめくって誘惑された。

「ファンデーション付いちゃうよ?」

『いいよ』

 

そう言われるともう私には選択権も拒否権もない、

彼の胸にダイブしたものの

やはりファンデーションが気になり寝転がる彼に跨った。

 

 

 

『上からと下からどっちが好き?』

という唐突な質問に

「え、え、どういう意味?!?」と動揺した私。

『なに?やらしいこと考えてるの?

上から見るのと下から見る俺の顔どっちがいい?って意味』

とからかわれた私は、言葉にならない声をあげているうちに、体勢が逆転していた。

『まぁ俺は見下ろしたいけどね。』

と言いながら3秒ほど擬似ガン突きされ、

ニヤリと笑った後、顔が近づいてきた。

 

 

 

わざと鳴らされたリップ音。

 

満足げな顔をした彼は洗面所へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

せっかく落ち着かせた心がまた騒ぎだす。

今度はさすがに事故ではない。

2度目は、確信犯だ。

 

 

 

 

 

 

 

完全にスイッチを押されてしまった。

 

 

 

 

 

高校1年生の春、

私が大事に気持ちを仕舞い込んだパンドラの箱

彼はいとも簡単に開けた。

 

 

 

 

 

 

もう止まらない、止められない。

6年の時を経て私の恋は再び動きだす。

 

 

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