恋愛至上主義の女

暇を持て余した女子大生が好奇心で潜り込んだ世界の備忘録。

せいよく

 

 

私も彼も、異性の身体に対する性的欲求が乏しい。

だから付き合って半年間、性交渉がなくても続いた。

 

 

元々、セックスは得意じゃなかったし

生殖として以上の目的を見出せなかった。

それでも彼氏に求められるがままに抱かれ

男女とはそういうものだと受け入れてきた。

 

人間の慣れとは怖いもので

男性の肉体に性的興奮を覚えたことのなかった私でも

"そういう空気"になると身体は準備を始めるし

刺激を与えられれば、それなりに快楽を感じることもあった。

"性的に興奮"しなくとも"物理的な刺激"でセックスが成り立つ。

勃たない男と違って、多少濡れなくてもセックスはできてしまうし

身体を守るために体液は分泌される。

 

 

 

そんな風に男女の関係に"セックス"が当然として組み込まれ、受け入れてきた私が27歳にして付き合った男は

私のことを全く抱かない男、だった。

 

最初は不安だった。

しかし半年も過ぎれば、慣れた。

むしろ都合が良いのではないかとさえ思い始めた。

 

 

外野は私達を見て、付き合ってる意味があるのかと問う。

しかし本質的には逆で、性欲がないからこそ付き合っているという大義名分が必要なのだ。

 

性欲があれば"セフレ"という関係性を築ける。

幼少期から時を共にしてきていたのなら"幼馴染"という言葉に守られる。

"会社の同僚"でも、"ラウンジ嬢と客"でも、

人は皆、他人との関係性に名前をつける。

関係性に名前をつけることができれば、その関係は"普通"であり、正しいものとなる。

名前のついた関係性を維持することで人と人の縁は保たれる。

当然ながらその関係を変えようとして失敗することだつてあるが。

 

 

 

 

 

だけど、私と彼にはなにもなかった、

"彼氏と彼女"以外に関係性を保つための言い訳がなかったのだ。

 

彼は気が合うと思った女をそばに置いておく大義名分として、彼女と名付けた。

それが私である。

 

出会った日から今日までずっと、

彼と私の間に性愛なんてものは存在していない。

性欲として愛した瞬間など一度もなかったし、この先もありえない。

 

私も彼も正欲を満たすため、

世間から正しいと見てもらうために

付き合うという選択をした。

 

日系大手企業勤務の彼女は

世間の誰が見ても正しく"良い彼女"であり

元外コン会計士の経営者もまた同様に

世間一般から見ると"良い彼氏"である。

 

世間から正しく見られるために

彼は2週に一度、私を家に招き食事を振る舞い、

私は電車で40分かけて喜んで彼に会いに行く。

 

でもそれは表向きの姿であって

実際には、

彼は私に見向きもせずゲームをして夜更かしをするし

私は1人で本を読んで、彼より先に眠りにつく。

 

この不健全さに私は気づいているから

これで良いのかと日々悩んでいる。

 

気づきながらもやはり正しくありたいので

世間的に"良い彼氏"を手放せずにいる。

 

 

 

性欲に支配された人間を人は笑うが

正欲に支配される方がよっぽど馬鹿げている。

 

けれどもこの文章も

結局は彼との関係性を正しいと思い込むための言い訳でしかない。

もうなにが正しいのかわからない。