そこにあるのは下心だけ。
「また休み明けに連絡する」
彼はそう言って私の部屋を後にした。
新入社員研修を終えて配属された部署にいた彼。
トレーナーに誘われた飲み会で質問攻めにされていた私は「うちの課で誰が1番かっこいい?」と聞かれ、少し迷ったフリをしながら彼の名前を挙げた。
本当はそんなに興味もなかったのに、
同期の男の子が口を揃えて、
彼に憧れていると言うから。
それから私の推しは彼であるのが公認となり、
飲み会で彼の隣が私の指定席で、
解散後には必ずLINEが鳴るようになった。
「先輩が1番かっこいいです」
何度も繰り返すうちに本当に彼が欲しくなっていた。
一度だけ休みの日に2人で出かけたことがある。
夕方に車で迎えにきてくれて、岩盤浴に行った。
何かに悩んでいる彼の横で話を聞きながら、
この人の心の真ん中には触れることができないと悟った。
「俺は絶対に結婚に向いてないんだよ。
自分が一番可愛いし、1人が好きだから。」
一線を引かれたんだと思った。
それから一度も2人で会うことはなかった。
何度デートして欲しいと誘っても絶対に首を縦に振らない彼。
そのくせ頻繁に連絡をよこしてくる。
そんな彼に一喜一憂している私は、完全に本気だった。
『慕ってくれる可愛い後輩』
という今の関係にお互いに限界を感じていた頃、彼は秘密を打ち明けた。
少し前に寮を出て一人暮らしを始めたことはみんな知っていた。でも本当は彼女と同棲だった。
他の先輩も誰も知らない、彼の秘密。
こんな秘密は知りたくなかった。
あからさまに彼と距離を取る私をみて、
他の先輩を褒めてニコニコする私をみて、
焦った彼は私を引きとめようと本音を話してくれた。
「お前が彼女だったらいいなと思う」
「けど、簡単に同棲を解消できない。
だから待たなくていい、幸せになってほしい。」
ずるい。ずるすぎる。大好きな人にそんな風に言われて離れられるわけがなかった。気持ちを通わせながらも、私たちの関係はプラトニックだった。
ある日の飲み会帰り、私たちは初めてキスをした。
年内に彼女と別れるから、といった彼。
年度内までには彼女と別れるから、といった彼。
結局、4月になっても同棲は続いたままだった。
仕事中しか帰ってこないLINE、いつもの飲み会でたまに隙を見て降ってくるキス。
そんなのじゃ全然足りなくて、耐えられなくなった私は、彼に甘さを強請った。
付き合う前に抱き合ってはいけないのは世間の常識だけど、どうしても我慢できなかった。
大丈夫、付き合うことなんて望んでいない。
こんな優柔不断な男と付き合っても幸せになれない。
どうせなら好きな男に抱かれたい、ただそれだけ。
私は情が移ったりなんてしない。
そこにあるのは下心だけ。
次の定期異動が発表されたら、
私は彼との関係を清算すると決めている。
身体を重ねるたびに、好きが減っていることに気づいたから。